Scrap/Book2009.08.09 22:31
そして、ピエロだ。
その存在についてはテレビや本で知っていたけれど、じかにピエロを目にしたのは、はじめてだったはずだ。おそらく春もそうだったに違いない。
ピエロは、無言のままパントマイムを続け、泣き顔のメイクをしているにもかかわらず、陽気にタップを踏み、私たちを混乱させた。違和感があったのだ。違和感を背負いつつも、表情を変えずに、つぎつぎと観客から笑いを引き出している。
ああ、と春がうめくような声を上げたのは、空中ブランコがはじまった時だ。

・・・

「あんなに楽しそうなんだから。落ちるわけがないよ。かりに落ちたって、無事に決まってる」
母の口にしたのは、まったく根拠のない理屈ではあったけれど、そう言われてみると、泣き笑いの表情をした、無邪気さ丸出しのピエロが、呆気なく落下することはないように思えた。よしんば手を滑らせ、無様に降下したとしても、動揺を浮かべたり、怪我を負うことはないようにも感じた。そんなことがあっては道理に合わない、と。
「ふわりふわりと飛ぶピエロに、重力なんて関係ないんだから」
「そうとも、重力は消えるんだ」父の声が重なってくる。
「どうやって?」私が訊ねる。
「楽しそうに生きれば、地球の重力なんてなくなる。
「その通り。わたしやあなたは、そのうち宙に浮かぶ」


Posted by Lynn*